好きなことだけして生きてみることにした 第1回

一度きりしかない人生、好きなことだけして生きて行けたら、こんなに幸せなことはない。

──誰しもがそう思うのではないだろうか。
まさに、夢のような生き方だ。

でも人生そんな単純にはいかない。そんな生き方ができるのは一握りの運がイイ人だけで、自分にはそんなご都合主義的な生き方はできない。

私もそう思っていた。いや、今もまだ世の中そんなに甘くないと思っている自分がいる。

でも、本当にそういう生き方はやれないのか?

やってもみないうちからあきらめてしまうのは臆病過ぎるのではないか?

最近の私の心の中ではずっとそんな自問自答が続いていた──でも、もう悩まないことにした。とりあえずそういう生き方をやってみようと決めたのだ。

今年本厄を迎えて、人生のいわば折り返し地点を過ぎた私だ。あと残り半分の人生は、人生の前半以上に有意義に過ごしたい。
もし独り身だったら何の憂いもなくそういう人生に既に挑戦していたかもしれない。今まで、そして今も私がその挑戦に踏み出すのをためらわせるのが、家庭を持っているという情況だ。

まだ小さい子供を二人抱えて、家のローンだって払い終わっていない。
これだけでもだいぶ冒険心は抑制されるものだ。社会的には真っ当な自制心でもある。しかし、家族や家庭を理由にして生き方の幅を狭めてストレスを抱えながら生きるのが正しいわけではない。むしろ、自分が好きに生きられなかった理由を家族や家庭のせいにして、人知れず妥協した人生を歩んでいくのは私の家族にとっても失礼だし、みんな救われない。

そこで考え方にもう一つエッセンスを加えてみた。

好きなことだけして生きながら、家族も幸せにする。

つまり、自分の好きなことをしながら、家族を食わすだけの収入も得るということだ。究極のご都合主義的生き方のようだが、このエッセンスがないと、さすがに「家族を見捨てて趣味に走った夢想家」でしかない。歴史上の芸術家とかによくある、生きてる間は家族も自分も辛い人生だったけど、その生き方は後世には評価された──みたいなタイプだ。まぁ、死後にも評価されない、まさにダメ人間的な生き方してた人も多くいるだろう。

だが、私はそういうダメ人間になる気はさらさらない。自分が好きなことだけをしていても、それが誰かの役に立ち、その対価として収入を得られる仕組みを考えればいいことだ。

ITが大衆化している今のご時世、自分の好きなことを効率的にプロモーションできれば、お金を稼ぐことはそんなに苦労しない。
現にブロガーや、YouTuberなんかがそういう仕組みを上手く利用して収入を得ているのだ。

そして私のスキルはまさにIT系。好きなこともIT技術を使って何かを作ることだ。せっかく身に付けたこの知識と技術を生かせば、家族を食わして行くことはできるだろう。

とにかく、やる前から色々と悩んで二の足を踏んでいても何も始まらない。まずは行動してみるしかないのだ。そして、その生き方がうまく行かなかったら、またサラリーマンに戻ればいいことだ。
どこでも食っていける程度のIT系スキルを持っている自信はある。その自負さえあればサラリーマンに再就職することは造作もない。

もう迷わない。
ネガティブな予測はもうしない。

今、私の前には約20年間サラリーマンとして知見して来た狭い世界観からは想像もつかない未知の世界が開けようとしている。

これから私にどんな未来が待っているのか、この記事を連載しながら、私は自分の新しい人生を始めたいと思う。