好きなことだけして生きてみることにした 第2回

好きなことだけして生きてみたいという願望は30代後半から強くなっていたのだが、同時に家庭を持ち、家族が増えていったこともあって、それは「実現できない夢」として自分的に心の奥底にしまい込んでいた。

そんな潜在欲求が再び具現化して来たきっかけは、今年に入って患った病気である。

今年2015年は私の年齢的に「厄年」なのだが、私ははじめそんな迷信を信じていなかった。なまじ厄年だからといって気にかけて過ごすから、別に例年だったらそこまで騒ぐ事もない災いを、やはり厄年だった…という色眼鏡で見てしまう──そう思っていたのだ。

しかし、年が明けた頃から風邪で体調を崩すことが多くなった。一度治っても、子供がひいた風邪が必ずうつる。症状はいつも39度ぐらいの高熱が出て完全ダウンだ。こんな状態が3月まで毎月続いたことは今までなくて、さすがに厄年を馬鹿にできなくなった。
そしてとどめが、3月末に発症した左足のリンパ管炎だ。一週間ほど歩けない状態になり、会社も休んで、ほぼ家で寝たきりになった。医師からはもう少し病院に来るのが遅れていたら命にかかわる程の重症だったと言われ、肝が冷えた。
ほどなく完治して事なきを得たが、もう厄年で病気になるのはごめんだと、しっかり厄払いには行った。

今まで生きてきて「命にかかわる」とか医師に言われる病気になったことがなかった私としては、そういうことも考えながら生きないといけない年齢になって来たということを痛感させられた。そして同時に、もしここで私の人生が終わるような事態になったと想像した時、今の自分が「何もやれていない」ことにはたと気づいた。

別に歴史に残るような偉業を成し遂げたいわけではないが、もし今の状態で私の生涯が終わった時に、社会における私の生きた証しみたいなものってほとんどないのだ。確かに家族や親しい人の記憶の中には残る。だけど、それだけでいいのか。

──いやだ。

中小企業の一サラリーマンとして、顔も個性も出ないまま、有象無象の歯車として終わる人生でいいのか。

──絶対にいやだ。

ここで生き方を切り替えないと絶対に後悔するだろう。一度きりしかない人生なのにどうしてもっとドラマティックに自分に素直に生きようとしないのだ。なぜもっと早くこの境地に至らなかったのか。

──いや、まだ間に合う。

まだ世の定年と呼ばれる年齢まで20年以上あるじゃないか。ここが私にとっての折り返し地点だ。今こそ、このターニングポイントで生き方を変えないといけないのだ。ここで変わらないと惰性でサラリーマンを続ける平凡な人生路に堕ちて行ってしまう。

よし、サラリーマンはやめにする!

まずは、そう決めた。

じゃあ、サラリーマンやめて何をしようか──?